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検索調査ログ 2016 0810 0417 唐揚げ調理器具

動機: 揚げ物食べたいけど買うのはナァ…
現状: 最低限の油の量で揚げ物。材料の高さの半分の油で何とかしてる。フライパンで。

keyword: 油なし フライヤー
7000円台ぐらいからあるな。コンベクションオーブン。

コンベクションオーブンについては↓が参考になった。
monomania.sblo.jp/article/72222601.html
高音の熱風で焼く感じか。
対比: オーブンはゆっくり焼く。揚げ物ではなくて別物が出来上がることになる。

keyword: コンベクションオーブン 唐揚げ
できるのはできるけど、やはり別物、のようです。

擬似的にグリル、魚焼き器でも出来るようだ。
油の霧吹きを使うという手もあるか。

いろいろな調理器具で唐揚げ。その結果。
www.fcg-r.co.jp/lab/foods/report/130919.html

ついでに調べた:
キャノーラ油
菜種油の一種か。危険性がどうとか、トランス脂肪酸がどうとか。

オイルプレート?
余分な油を落とせる穴あき鉄板のようだ。

パール金属 オベ・フラ お弁当用 鉄製 両手 フライ鍋 セット16cm HB-285
も便利そうだ。電気フライヤーという手もあるか。スチームオーブンレンジもあるか。

うーん、箱物の家電は、置き場所とクリーニングで手軽とはいえないかな。
慣れると洗うのも楽になるのかな?
使う頻度が低い家電は、箱など奥まったところにしまうことになるからおっくうだ。

結論: 現状の丸底フライパンでよし。
揚げ物の回数が増えるのであれば、天ぷら鍋。

日本は過剰サービス、過剰品質の恐竜になって自滅

余計なこだわりを仕事で持っているとじゃまになる。これは大部分の人が分かっていることですな。

商品やサービスを改善したり付加価値をつけたりして、差別化を図る。高い品質や完成度を持っていなければならない。というのは現在の日本教の教義みたいなものだけれども、最近巷で見るきっちりさ、綺麗さ、丁寧さは、はっきりいって必要な物じゃない。

人間は余計なことをしまくれるほどには、大きな存在ではない。人が求める核心の部分に目を向けて、余計な品質を落とすべき。今の日本人は高い品質が善と信じる。客の側はそれを要求し、働いているときにはそれを要求される。しかし必要ではない品質を要求しすぎて、お互いに首を絞めあっている

安い賃金で長時間細かな作業をさせられている人を見て特にそれを思う。焼肉屋のバイトさんは肉を運ぶ度にうやうやしくお辞儀なんてしてくれなくてもいい。「ハラミ三人前っす」でいい。高級ホテルに来てるんじゃないんだからね(こっちまでお辞儀しないといけないしな)。何でもかんでもご丁寧でなくて結構。焼き肉堪能できたらそれでいい。最初と最後に威勢よく挨拶するぐらいでいいよ。挨拶過剰です。

しかしまったく、まるで昔の米ソの軍拡競争を見ているようだ。実際に必要な軍事力を超えて不要な兵器を作りまくり、米ソ両国の経済を疲弊させた。競争に敗北する恐怖が原因で取ってつけられたサービスの塊は、消費者にとってはなくても別に構わないムダの塊だ。客にとっては「綺麗な包装紙だねキレイだね~」ぐらいの価値しかない。だからどうした馬鹿野郎。肝心なことをやり給えよ。きっちり仕事をする人は本気で言う「必要なことをしている、正しいことをしている、こうしないと勝ち抜けないんだ」。けれどもこれは高い視点から見ると、恐怖の均衡合戦をやっているだけですよ。リソースの割り振り考えてやってますか? 滅びますよ??

私は日本人嫌い等等ではないけれども、外国人と比較すると日本人は、せっかちでキモが座っていなくて文句言いだと感じる。これらはプラスにも働き得るけれども、どうでもいい仕事を増やしている。お客様満足度向上なんかも、程々にしないと日本ごと滅びますよ。客の満足度を上げるのは成熟産業での常套手段ではあるけれども、際限なくやっていいかどうか考えましたかね? 仮に日本人の労力の合計の半分、1/3が客の目を引くこと、客をつなぎとめることに使われているとしたら、とんでもない浪費だと感じませんかね。

品質向上やサービス合戦などの全部がいらないとは言わない。必要性は分かっている。でも日本人の労力をどのように振り分けるか、リソース配分を考える時期に来ているのではないのかと思う。家電・テレビ業界が世界で苦戦したのは、その予兆ですかね。業界問わず同じようなことがたくさん見つかりますよこれから。大小問わずに。日本は過剰サービス、過剰品質の恐竜になって滅ぶんじゃないかな。このままでは。きっと。

余計な仕事をしない。肝心なことをする。この基本に日本人は立ち戻れるのだろうか? 肝心なことをさっさとやって、時間と心に余裕のある生活をすればいい。本当はやるべきだけど放置されてきたことに着手すればいい。オモシロイことを考えればいい。自分と他人が欲しがるモノをバカになって生み出せばいい。恐怖に怯えながら偉そうに改善合戦をしていても首の締めあいは終わらない。人間の首締めると死にますよ。知ってますよね?

【PC】音声の自動テキスト起こしはまだまだ/あーうー皆さん/国会の音声議事録システム

音声認識、やはり難しいようだな。話している内容が全部テキストデータになると利用価値があるとは思ったけど。

いやーしかし政治家の演説は皆癖があって面白いな。あーうーの人もいるし(大平さんか)、…であります皆さん(田中角栄か)は真似したくなるし(真似できないけど)

おおっと脱線した。

国会の音声認識システムの話は聞いていたけど、過去の発言の莫大なデータありきの話なんだな。面白いよねぇ、皆さん。

www.kyoto-u.ac.jp/static/ja/news_data/h/h1/news6/2011/110512...

市販のものもないかと調べてみると、

Speech Recognizer

web-marketing.zako.org/web-tools/speech-recognizer.html
も見つけたけどさらに、

ドラゴンスピーチ11というのも見つけた。高評価だけど、それでも一人でマイクに近づいて話した場合に効果があるもののようだ。Skypeで話している内容がテキストデータにならないかなと思ったが、そこまではまだ難しいようだ。(二人の話が交差するし、電話やSkypeは音声悪いからね)

人前で話す時に資料を渡すこともあるけど、沢山資料を作るのは手間ですよ。書かれたものではなくて話でカバーする部分も多いので、話している内容がテキストに自動起こしされたらいいなと思ったのであります。でもまだ未来の話のようですね皆さん。

現有技術では、要点をさっさかメモして残すのが(書かれたものを効率よく利用する観点からも)一番よい選択肢なのかもしれないですな(録音しても全部聞くのは時間が掛かるし、ずらずら文字に起こすのは手間もかかるし、読むのも時間かかるし、要約するのも一手間かかるのです)。

頑張れ教育、ゴール見失うか/良い事やりまくる危険/仕事増やすな

知人の仕事の愚痴を聞いていた。

知人「なんかその人、頑張ってはくじけるのを繰り返してるのよ。」
ワシ「あれかい? 仕事できない感じの人かい?」
知人「仕事できる条件って?」
ワシ「第一に、ゴールに向かって必要なことをやる。」

精神的に折れないために頑張るのは、障害物を乗り越えるためにある。学校では随分と重視されてるよね。評価の項目になるぐらいに。学校→職場と場所が変わっても、意識の切り替えができずに頑張るだけの人もいるもんですな。

意識高い系(?!)俺/私スゴイ系になると、必要でない仕事を作ってまで頑張る。良いとされることを見つけるとやる。良いことしていると思っているのだろう。良いとされることをしまくるのは危険ですぞ。「良いとされること」は大雑把な指標だから、実際にやろうとすると無限に仕事が増える。これアタリマエ。必要なことをより分けてやらないといけないのだが、片っ端から無闇にやる人がいる。

…まあ、学校でも職場でも「(形だけ)こなすだけ」の人よりは良いか?? いやいやこれも結構困るのだ…。

【PC】目が疲れるなら画面の明るさ変更/如意スクリーン/白黒反転・ハイコントラスト機能

ブルースクリーン…じゃなかった(このごろみないな)

ブルーライトカットで目を保護する話は皆に広まったけれども、そもそも画面を暗くするべし。でも、私のディスプレイの1つは設定ボタンが壊れてて困ってる。ということでフリーソフト導入。

■如意スクリーン 画面の明るさ変更
画面の明るさを変更できる
www.vector.co.jp/soft/winnt/util/se361290.html

使い勝手良し。レジストリ使わず。

■画面の白黒反転も使った。

Windows のハイコントラスト機能を試してみている。
Windows7 なら、 Shift + 左Alt + PrintScreen 同時押しですぐに切り替わる。

白黒反転しないソフトもある。Explorerとかだけ白黒反転しても意味が無いじゃないかと思ってたけれども、Firefox も割りと白黒反転してくれていることに気がついた。(ただし、ハイコントラスト機能をOnにする前に表示ているページは反転しないまま。再読み込みなどで白黒反転した。以前はこれに気がついていなかったのね…)

Yahooメールは反転するとまともに見えない…残念。

気にすることが増えると頭回らない/疲れることを気にする

単純な話で、他のことを気にするほど頭は(思ったよりも)働かなくなる。

人間は日常的に色々なことを気にしている。
今日の晩飯の話、収入の話、明日の話、将来の話、知り合いとの関係、健康や体調、細かすぎて明確に意識できないようなことからくるモヤモヤとした感覚、など様々だ。

知識が沢山あるから考えられない、というのも少しはあるけれども、それよりはるかに「気にしていることが多い」のは頭からリソースを奪う。

疲れるかもという不安も、結局頭からリソースを奪う。そういう意味では、目的を見つめているバカになっているべき。年をとって体力がなくなると言う前に、疲れることに対する恐れや不安が先に伸びているのかもしれない。

有ると幸せになるもの、について考えることは多い。(商売の宣伝のせいかね。)
でも、なくても幸せになる、について考えることは少ないようだ。

金も労力もかけずに幸せになる、というだけではなくて、頭のなかがすっきりするんだよ。

研究者の理解されない苦しみ/こんなことが辛いのです

研究はハタから見るとヒマに見えるらしい。
研究者は中小企業の社長に近い。やるべきことをやるというのでは終わらない。
仕事を終えて家に帰ってリラックスという感じではないですな。寝るまで仕事は続く。

わりと精神の平静が保てる暦の上での休みこそ仕事に向いている。仕事はずっと続く。
日常の業務では色々な雑用が入り、単一の作業に全リソースをつぎ込めない。

こと難しい点を解明したり、原稿を書くことになると、頭のなかにすべての要素を詰め込んで組み立てる作業をする。だから他人と協調する仕事でありがちに横槍が入るような作業があると、折角の努力が瓦解することもある。

この辛さは横槍を入れられて初めて分かる。そうでない人には何のことかわからない(はっきり言って■したくなる)。仕事として積み上げたドミノをひっくり返されるのに似ている。
#そういえば師匠も、家では鍵をかけて仕事をしていると言っていたな。

研究者は仕事として何かを生み出し続ける。
眠たいときにはやっつけ仕事なんかができればいいんだけど、
眠たいにもかかわらず、クリエィティブなことをしなければならないことも日常茶飯事。

その辛さ?? それは眠気に耐えて疲れてやる気がなくても、面白い冗談を考え続ける、に少し似ている。眠たいけれども、決して間違えられない精密作業もある。これも負けず劣らず辛い。

救いは、その麻薬的カタルシスと頭がすっきりすることぐらいなのかもしれない。

そんなわけで研究者と暮らす人は、ちょっとだけその辺りを理解してあげてくださいね。

絶句: 夜露死苦/壁に題す

台湾人の子「日本を旅行していたら、壁に書いてあったんですよ」
ワシ「ふむふむ」
台湾人の子「夜露死苦って。」
台湾人の子「住むところもなくて、夜露に濡れて、死ぬほど苦しい。日本人にも苦労している人がいるんですね。大変ですよね」
ワシ「」

昔の中国では、壁に題すという風習がある。口にできない現世の苦しみを壁に書付けるのだ。
彼女もそれを受け継いでいるのだろう。

ええとね、ちがうよ? それ暴走族(バオゾォーツゥ)の落書きだから。

何とかかんとか生きるのが人間の基本形/だから過保護にするな

目一杯混沌と格闘して、這いずりながらも生を得た人間。<ちなみに私はそちらの方が好きだ>。苦しい中で曲がりながら、磨り減りながら緩みながら弛みながら、だらしなく、迷惑に、温情を時に持ち、実際には大して意味のない虚業で食いつなぐ。でも何とか生きる。これが人の真の姿だ。

こども好きの人間の中に、子供の純粋さに触れられることが素晴らしいという言い方をする人間がいるが、子供の姿は真の人の姿ではない。

人にとってのこの世の本質は苦だ。荒れ地だ。人の生は荒れ地にへばりつくように立つ掘っ立て小屋だ。アスファルトを割って生え、金網を飲み込んで伸び、枝を伐られたねじ曲がった木だ。
苦しみに対して、小さく限られた力を持って何とか立つ姿。それが人の姿だ。

それに目を伏せている、過保護を促進している奴は、楽園を作って子供をそこに投げ込もうとする奴は、何か考えがあってやっているのか。

今の子供に足りないものは、それだ。子供にそこそこの荒れ地を提供しなかったのだ。フワフワしていたり、増長するのは、そもそも力を尽くしてもなんとかかんとかするのが難しいという状況を子供から奪ったせいだ。

希死念慮からの回復: 地味な毎日こそウマーい。たまにフリカケでウマーいけど。

金稼いだり、家事したり、壁直したり(?)、書類書いたり…は面倒に見えるけど、反対に、楽しいことばかりになる(orしようとする)、意義あることをひたすらに求めたりすると、ある時点から正味虚しくなって本当に死にたくなったわ。これ私の体験。娯楽や空疎な意義を求めても、そんなに楽しくないよ。

コツコツ世の中を物理的に変化させる(晩飯つくってもいいし、家の修繕をしてもいいし、なんでもいい)のは、何のために何をやっているかわからないような昨今の仕事や遊びに較べて、何よりも生きがいになるね。

#毎日楽しい方が良いって?? そりゃ遊び足りないんだよ(笑

この世の人間全てがくだらなく思えても、地味に生きていくのは楽しい。

別に他人のために何かをしているんじゃない。この世をちょっぴり(物理的に?)変化させることは、多分猛烈に楽しいことなんだ。

やはり、生(せい)に向き合って生きたいんだな。
エンターテイメントも悪くない。
でもやはりそれは調味料であって、食べ物の飾りだ。
露骨なエンターテイメントも、興味深いとか重要だとかいって泊をつけたエンターテイメントとなっているひたすらに趣味的な学問も、やはり生にとっては飾りでしか無い。
お菓子を食べ過ぎているのだ。
生を味わい深いものにする広い意味でのエンターテイメントは、しかし調味料であって食べ物本体ではないのだ。
昨今にどことなくある、ふと感じる安っぽさ、虚しさは、ふりかけばかり食べてご飯をろくに食べていないからではないのか。

#現実のふりかけに罪はありません。ご飯の食べ過ぎに注意しましょう。

毎日晩ごはん作ったり、地味に書類を作り上げて冊子作って飯の種にしたり、倉庫整理したりしているうちに、死にたくはなくなったね。

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