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n猫、揚げ足

【対人】揚げ足取り、文句言いは「役立たず」の道理のわからない人間の典型

この世で人間がなすことというのは、ほとんどは額面通りにはゆかない不完全なものである。つまり、ケチをつけようと思えばいくらでもつけられるものである。

肝心なのは何かをして良い方向に持っていこうとすること、価値ある行動をすること、そのために必要な条件を満たすことであって、完全無欠であることではない

人間はしていることと言っていることを完全に一致させている暇はない。

多少の過ちは無視しても目標をある程度成就するためにうまくやるために事を運ぶべきなのに、揚げ足取りをして転覆を図るのはそもそも目的を見誤っている。正しい指摘でかつ有用でなければ、ただの邪魔ものである。

確かにデタラメをやる人間を抑え込むためには文句を言うべきだが、そうでない有意義な行動をしようとする人間にまで文句をつけるのは馬鹿げている。自分の非を認めないために文句を言うなんて馬鹿げているの極地だ。

#揚げ足取りなんて対処するまでもない。価値ある目標に向かう気がないのかということを詰めていけばいい。それだけ。

操り人形の鬼

【社会】宣伝は必然的に嘘をつく。でも意図を読めばよいだの話だろ??

食品偽装表示などの件がうるさい昨今。確かに悪意がある偽装も確かにはびこっているが、

#伊丹十三「スーパーの女」辺りから知られるようになったのか?

ある程度の宣伝の嘘は仕方がない。

看板に少しでも偽りがあれば正義感むき出しで批判するというのは馬鹿げている。

 

看板が偽りなく看板の言っていることと中身が同じであるというのは、それはそれで望ましいことであるが、額面通りに行くようにするには非常なコスト(広い意味でのコスト)がかかるものである。

また、看板では多少大きめなことを書いて、消費者は多少目をつぶるというのが世の常ではある。理由があって、あまり大きなことを書くとあからさまな詐欺になるが、他との競争を考えるとある程度大きく書かざるを得ないのである。
この些細な「誇大広告」を避けるには、

  1. 中身より小さめの看板を出す
  2. 表示を曖昧にしておく
  3. 非常に詳細に中身がどうなっているか余すところなく表す

という方法もある。1. は現実性があるが競争に負ける。2. は過少か過大評価につながり、場合によっては詳細がないことを追求される。3.は書いたところで看板として世間で通用しない。保険会社のテレビCMの細かい字で書きこまれた注意書きなんてほとんど誰も見ないだろう。

 

そもそも、書いてあるものの意図をくみ取るのが、読むという作業だろう。

看板でも宣伝でもその点、何ら変わりはない。

意図も読めずに字面だけ読んで批判しているのはナンセンスだ。

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【社会】クレーム社会は、本質を忘れ、形骸化へと向かう

クレーム社会は、愚かしさの容認をする社会。愚かしいクレームを受け入れる社会。本質的でないエラーをやたらに指摘されることを認めて、それに戦々恐々とする社会。誰にでも分かる外面的な取り繕いに始終する。

本質が分からない者は末節ばかりつつき、つつかれる方は末節に始終する方向に向かう。クレーム社会は、本質を忘れる社会ともいえるか。本質ではなく外面を取り繕う形骸化へと向かうものか。

まったく、バカらしい話。

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【社会】2012年、やっぱり世の中おかしい、日本おかしい、と思う点

この10年ぐらいで日本、ちょっとおかしいな…と思うところは、

しょうもないことをきっちり守ることに力を入れすぎ。

当たり前のことをきちんとする、というよりは、

誰にでも突っ込めるようなバカみたいなことだけは青筋立てて守る

そのくせ、意外なところでだらしなかったりするんだよな。
根源的でできていないといけないこととは関係なく、
他人につっこまれないようにするだけ、という向きがあるような感じ。

(そのくせ、こういうのに限って

エラソウなんだなこれが…)

クレーム社会になったってこと???

誰でも文句の言えることに、鬼の首を取ったように文句をつける。
いつぞやの首相の漢字の間違いの話を取り上げたのは、
時代の波の悪用なのかね。

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