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m文字、石碑a0008_002207

【思考】情報を取り扱う上で、初歩として知っておくべきこと→情報は純粋なデータではない

情報は、人間にとっては「字面どおり」のものではない。多くの場合は余分な雑念・妄想・誤解等がついて回る。これらの「マイナスのゴミ」の存在を常時意識することが情報を取り扱う上での初歩になる。

情報を取り扱う場合、データ:「字面そのもの」で間違っているのか、データのとらえ方を人間が間違えたのか、ということを区別しないと、誤りの源を探れないからだ。

 

補足: マイナスのゴミと言ったが、人間が何かを見聞きして何かを思うのは正常なことで、かつ必要な機能でもある。ただ、人の思いは多分に間違いを含むので、この点で注意はしなければならない。

学校校舎a0002_010463

【教育?】学校だるい→社会人的態度をとって教員に一切文句を言わさせない

学生のころの経験を書いてみる。

まとめておくと、

  • 社会人的態度でいれば、小言を言われることはない(優等生である必要はない)。
  • 授業なんてちょっと予習して行けばテレビみているのと変わらん。苦手な科目でも家で自分で勉強した方が好きなようにできるだろ。

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n眠い猫a0960_004665

【学習】先生方にも好評だった、授業中に眠らない方法→授業は聞いてる。でも全然別のことも考えまくる

■方法:

授業聞きながら、時間が空いたら別のこと考えるだけ。

(ただし、興味のあることを熱心に。)

時々書きながら考えたり、アイデア出しをしたりする。

ホントそれだけ。

 

次やりたいことが頭に入っていればできること。

脳みそだけでもできるけれども、

紙と鉛筆があれば書きながら考えられるし、アイデア忘れないしベター。

 

■熱心に聴いているように見える私

私が学生だった頃、

先生:「いや~、ありがたいよ。熱心に聞いてくれてリアクションまでくれて」

私の授業中の態度はおおむね好評でした。

 

確かに、先生が話している限りは敬意をもって聞いてますよ。

でも実は、ノートに書いてあることの6割は全然関係のないことなんです…

授業中は隙あらば、ときに話を聞きながら同時並行で、

家の本棚の効率的配置について考えまくっていただけなんです…

 

先生、熱心に聞いているように見えるかもしれませんが、

その熱意の大部分は、内職部分から発生してます。ごめんなさい。

 

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n波と鳥a1180_006710

【対人】世間の荒波?? それ小波。

■あくまで「雑音」。処理できて当然。

世の中にあふれている、

批判・誤解・嫉妬・無知・愚行・傲慢・卑屈・欺瞞・絶望・羨望・裏切り etc.

から身や心を守ることは必要なことながら、二義的なものに過ぎない。

世間の雑音から自分を守るのに拘泥してはならない。

世の雑音から逃れるの《だけ》がうまくなっても仕方がない。

 

■たいそうなものじゃないよ。

こんなものはいくらでもそこらに転がっている。

ありふれたもの。

こんなものに躓いてはいけない。

道路を歩くときにある凸凹と大差がないと思えばいい。

たまにすっ転ばされるぐらいだから気にしない。

その程度のものだ。

 

路面の凸凹に泣き叫んだり、絶望したり、怒り狂ったりしてどうする。

ああ、またか、と思うぐらいで十二分だ。

凸凹なんて超越すべきこと。つまり、問題にしないことだ。

テキトーに処理すればいいことですよ。世間の荒波なんてただの雑音

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【思考】思想とは何か→まとまった考えや信念。正しいとは限らない。※注意

あるまとまった考え。

思想は証明されたり、検証されているとは限らない。

ここが大切。

 

■思想は正しいとは限らない、思想は正しさを保証するものではない

思想には、信念がまとまっているだけ、といったたぐいのものもある。

ある程度の実証性を持っていても、整合性を持っていても、やはり正しいかどうかはわからない。

 

ある集団や多くの人が信じている思想というのは、時々正しいこととであるかのように強制されるときがある。

でも、正しいかどうかとは関係がない。疑ってしかるべき対象。

集団で信じるに足る存在だと言われても、何の証明にもならない。当然だよな。

 

■特に名前のついていない思想も身の回りにある

個々の例は挙げないが、

「こうあるべし」

「これこれこういう《理屈》がある」

というものを見かけたら、ああ、それは思想かもしれない、と

思ってかかるべし。

学問的に見えても、ビジネスのツールに見えても、実は思想である、というものはたくさんある。

 

何かを信じるのではなく、とことん考えて物事を処したいのならば、

安易に思想を信じてはいけないし、知らぬ間に思想に染まってもいけない。

【論理】【例題】血液型占いは非科学的だ!!←非論理的説明が多すぎ。徹底的に見てみるか

「人間を血液型で4分類できはしない。
だから、B型の人間の性質などというものは非科学的だ。」

…は非論理的だ。

#というよりは間違いまくっている。

 

巷で言うところの、「論理的」…飛躍なしに、確かな推論でつないで結論に至ること、

ということにすら反している。

論理の大ジャンプだ。不合格。

 

ダメ押ししておくと、 (さらに…)

薬瓶a1180_007520

なぜ嘘は悪いのか→副作用付の万能薬だから、他

嘘に限らず、妥協、諦め、嘘、ごまかし、というのは実は(半)万能薬なんだな。

つまり他の方法を使わなくて済んでしまう。

さらには、副作用がある。

(嘘についてであれば、言葉の信頼性が落ちてゆくなど)。

 

すると、副作用のより少ない、「まともな方法」を習得したり、使ったりしなくなってゆく。

有用な方法をとらずに、何でも毒のある方法を適用してしまう。

そこにデメリット(タイトルには「悪い」と書いたが)がある。

ゴミ分別a0006_001680

【思考】目的や必要もないのにやたらに判断・批評する癖をつけるな

1. 人間の頭は、本人の意思とは別に色々と思いつく。
思いついた内容は信頼性のないものだ。

このことについては→【行動力】【集中力】負の感情・雑念に流されない、ひとつ完全な方法→脳みそのブツブツを止めろ

2. 人や物が「どういうものだ」という判断・批評は大体不正確

これらは対象の真の姿をとらえようとするのではなく、
「どれぐらいのものだ」という《見積もり》でしかない
考えを行動に移す際には、時間などの制限のため、
ある程度の対象の理解(=見積もり)で済ませるのだ。

ある行動のために判断・批評をするのであれば、
その行動に沿った精度があれば役に立つ。
しかし目的なしの判断、色々な行動の時に出てきた判断を寄せ集めても
確かな知識は得られない

こんなグズグズの知識を積み上げても、出来上がるのはただのゴミ屑でしかない。

判断や批評を癖にするな。

得意になって判断や批評をする癖は害悪。

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毎日つまらない?? 楽しいことは生活の必要要素。忙しい時も無理してでも摂取。

 

日々忙しいと、だんだん毎日がつまらなくなることがある。

味気なくつまらないという感じが自分を覆うことがある。

社会的に自分を守ったり、生活を守ることだけに目が行ってしまう時にはよくあること

 

忙しい時などには、処理に邁進する。

何をどうするということに専念していると、感情的な暴走は抑えることができて、

確かに色々とはかどる。というよりは無いと生活が乱れる。

処理に邁進する能力自体には、悪い要素はない。

 

ただ、物事に専念するということは、

いろんな要素を排除する方法なので、必要なものまで弾いてしまうこともある。

生活に必要なある程度の幸福感をもたらす要素も、弾かれてしまうことがある。

参考: サイト内リンク: 燃料としての幸福 (の最下段にあります)

 

楽しいことや、心動かされることを目標にするのを忘れてしまってはいけない。

これは食事や睡眠、運動と同様、必要要素だ。

忙しくても意図的に摂取しなければ、損耗していくだけだ。

 

別に娯楽に興じなくてもいい。

面白いこと、楽しいこと、幸せなこと、あったらいいなと思うこと、興味深いこと、

などなどに思いを巡らせて、望むだけでも随分とツマラナイ感はましになる。

#重症になると、何が面白いのか何がしたいのかすら分からなくなる。結構危険。

 

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