Category Archives: 行動する

頑張れ教育、ゴール見失うか/良い事やりまくる危険/仕事増やすな

知人の仕事の愚痴を聞いていた。

知人「なんかその人、頑張ってはくじけるのを繰り返してるのよ。」
ワシ「あれかい? 仕事できない感じの人かい?」
知人「仕事できる条件って?」
ワシ「第一に、ゴールに向かって必要なことをやる。」

精神的に折れないために頑張るのは、障害物を乗り越えるためにある。学校では随分と重視されてるよね。評価の項目になるぐらいに。学校→職場と場所が変わっても、意識の切り替えができずに頑張るだけの人もいるもんですな。

意識高い系(?!)俺/私スゴイ系になると、必要でない仕事を作ってまで頑張る。良いとされることを見つけるとやる。良いことしていると思っているのだろう。良いとされることをしまくるのは危険ですぞ。「良いとされること」は大雑把な指標だから、実際にやろうとすると無限に仕事が増える。これアタリマエ。必要なことをより分けてやらないといけないのだが、片っ端から無闇にやる人がいる。

…まあ、学校でも職場でも「(形だけ)こなすだけ」の人よりは良いか?? いやいやこれも結構困るのだ…。

気にすることが増えると頭回らない/疲れることを気にする

単純な話で、他のことを気にするほど頭は(思ったよりも)働かなくなる。

人間は日常的に色々なことを気にしている。
今日の晩飯の話、収入の話、明日の話、将来の話、知り合いとの関係、健康や体調、細かすぎて明確に意識できないようなことからくるモヤモヤとした感覚、など様々だ。

知識が沢山あるから考えられない、というのも少しはあるけれども、それよりはるかに「気にしていることが多い」のは頭からリソースを奪う。

疲れるかもという不安も、結局頭からリソースを奪う。そういう意味では、目的を見つめているバカになっているべき。年をとって体力がなくなると言う前に、疲れることに対する恐れや不安が先に伸びているのかもしれない。

有ると幸せになるもの、について考えることは多い。(商売の宣伝のせいかね。)
でも、なくても幸せになる、について考えることは少ないようだ。

金も労力もかけずに幸せになる、というだけではなくて、頭のなかがすっきりするんだよ。

できない人に限って、何かを犠牲にすると強くなるということを知らんのです

中越戦争について調べていたら、ベトナム兵は自己犠牲の精神をもって、人海戦術をとる中国共産党軍と戦って勝ったそうな。ベトナム戦争でアメリカが放棄した武装が使えたのもあるだろうけれどもね。

実際に自己犠牲の精神を発揮したかはともかく、自己犠牲の精神をもって戦うほうが強いのは当然。はて、他のものでも犠牲にして戦えば強くなりそうですよね。当然ですな。でもこの当然のことを、みんなはやらない。体力とか、安楽とか、リラックスとか、娯楽とか、体裁とか、そういうものを必至につかんだままもがく。

なんだろうね、何かを犠牲にすると力が手に入る…という話をしたいんだけどね。体力を惜しんで仕事や勉強がジリ貧になっている人なんかを見ると、犠牲の精神がないというよりはむしろ、「りんごをつかんだまま必死になって手を抜こうとする猿」になっているんではないかと思ったりする。

りんご握りしめるの止めたら手は抜けますよお猿さん。ダイエットの方法調べるよりも、とりあえず走り込みましょう奥さん。美味いもの食って楽して痩せませんよ。良いゴルフクラブ買うよりも練習ですよ部長。クラブで上手くなるならプロが買い占めてますよ。眠気や娯楽をポーンと投げ捨てると平均的な人間の最低10倍ぐらいは勉強できますよ。嘘じゃないですよ。

 

まあひとことで言うと、

難しいことをやるためには、余計な条件を諦めろ(犠牲にしろ)
+とりあえずとっととやれ

ということなんだけど、できない人に限って楽してうまくなろうとか、裏技攻略的なことばかりに力を費やすんですな。みんながこだわっている日常の楽しみなんて捨てても死にゃしませんよ。そんなものポコーンと蹴飛ばして、やりたいことができる方が楽しいですよ。生活もさっぱりするし。

h埴輪分かってないa1030_000021

【思考】勤勉なバカ、頭の回転の速いバカ→すぐに思考停止して出来た気になる

小利口で勤勉、頭の回転が速そうだけれども昆虫みたいな思考しかできない人間っていますよね。

それ以外にも、正義や利益を振りかざしているけれども、やっぱり馬鹿なんじゃないの?? と思わざるを得ない人に時々出くわしますね。いつも言っていることはそう間違ってはないし、善意にあふれる行動が多い、でも、やっぱり根本が見えていない馬鹿じゃないかと思うことが。

彼ら・彼女らは、すぐに

  • 社会のルール、
  • 分かりやすい利害、
  • 道徳や倫理、
  • みんなが信じていること、
  • 個人的な信念、
  • 誰かの思想

…を持ち出して、話をそこに帰着させて、話の決着をつけようとするんですな。

こういう人間は、まったくもって賢くない
なぜか?? (さらに…)

s城、城壁a1370_000338

【社会】盲目的な「きっちりするのは善」という風潮は社会を停滞させている

揚げ足取り、文句言いというレベルでなくとも、「きっちりすることはいいこと」ということに盲目的な風潮は、現在の日本にははびこっている。質の追求や改善という言葉で思考停止している人間のなんと多いことか。

きっちりと物事を進め悪いものを潰していくだけで、物事が常に前に進むという考えは完全に間違っている。完成度を上げることには良い面があるし、あまりにもデタラメなものは淘汰されるべきだろうが、だからといってそれを錦の御旗のように掲げていればよいものでもあるまい。

一般に、ある方法に固執するということ自体が停滞を生むが、この「きっちりすることはよいこと」に対する盲目的服従も、同様に大なり小なり社会を停滞させる原因となる。

新たな物事を打ち立てようとするときには、最初は完成度のことはあまり考えるべきではない。これは当然のこと。したがって、盲目的な「きっちりするのは善」という風潮は新たに価値あるものを生もうとする力を削ぐのだ。

盲目的な「きっちりするのは善」よりも価値あるものを生もうとするべし。

何をどうしたいのかを問い直して、既存の価値を打ち捨て、自ら望むものを打ち立てるべし。

n猫、揚げ足

【対人】揚げ足取り、文句言いは「役立たず」の道理のわからない人間の典型

この世で人間がなすことというのは、ほとんどは額面通りにはゆかない不完全なものである。つまり、ケチをつけようと思えばいくらでもつけられるものである。

肝心なのは何かをして良い方向に持っていこうとすること、価値ある行動をすること、そのために必要な条件を満たすことであって、完全無欠であることではない

人間はしていることと言っていることを完全に一致させている暇はない。

多少の過ちは無視しても目標をある程度成就するためにうまくやるために事を運ぶべきなのに、揚げ足取りをして転覆を図るのはそもそも目的を見誤っている。正しい指摘でかつ有用でなければ、ただの邪魔ものである。

確かにデタラメをやる人間を抑え込むためには文句を言うべきだが、そうでない有意義な行動をしようとする人間にまで文句をつけるのは馬鹿げている。自分の非を認めないために文句を言うなんて馬鹿げているの極地だ。

#揚げ足取りなんて対処するまでもない。価値ある目標に向かう気がないのかということを詰めていけばいい。それだけ。

n猫、リラックスa1180_005145

【セルフコントロール】つまらない原因: 自分が何を思っているかすら知らないから。

つまらない時には、何をどうしたいんだ?? という自問自答が効く。

でも、

面白いからする

できるからやる

納得のため、何かを残すため

人に迷惑をかけずに生きるため

???????????

 

そういうのは、中間目標に過ぎない。

誰かに習った固定した目標は、自分の究極の指針とはならない。

どんどんズレていくだけ。やりたいことからそれていく。つまらなくなるのは当然。

人にやらされているからとか、飽きたからとか、そんな個々の理由も不要

自分がやりたいことが分かっていないから、それていく自分にも気が付かない。

そしてよくわからないけれども、つまらなく感じるのだ。

(やりたいことと書いたが、正確には何をしたい、どうしたい、どんな風にしたい、と形は様々。例えば何をしたいわけでもないが、方法にこだわりがある場合もある。生き方や働き方自体が目標となっていることもある。)

 

ちなみに、

ずっと継続的に湧き出る思い、時に叫びを、曲がることのない状態で聞く。

それが自分の思いを知る唯一の方法だ。

 

つまらないと思ったら、利害得失・毀誉褒貶・習慣倫理道徳、何もかもを無視して、自分の思いを吐き出すことだ。そしてそれを継続して見つめることだ。

#自分の方向性、方向性の変化の傾向はあるが、少しずつ変化するので見つめ続けないと、これまたズレのもと。

鹿の集団a1370_000261

【対人】許せない人の対処「人でなし!!」「人としてどうなんだ」→あなたの「人」のイメージのずれを直す+人を分類

許せない人に対して、こんなことを言ったことはないだろうか。

として許せない! だってあの人はああだからこうだからどうたらこうたら…」

でなし」

この「人」は何かというと、あなたが感じる「人ってこんなものだ」という感覚で捕らえているそれである。短く言うと、あなたのいうところの人である。生物的に人であるかとか、社会通念的に社会的に問題のない最低限のことをわきまえている人であるというような、そんなに一般的な人という概念などではない。

人として許せない、というのはあなたの持っている人のイメージから外れた人間が現れて、期待を裏切られ、また混乱し、怒っているのに過ぎないのである。

 

どう接しどんな対応をすればよいかという基準で人間(生物的な意味で)を分類し、その分類に従って対応すれば問題はない。

#数学風に言うと、「等しい対応をすればよい人間、で類別する」感じ。

 

(生物的な意味での)人間を十把一からげに「人」と呼ぶから混乱するのである。

異なる分類のものには、異なる名前をつけ区別し、異なる対応をする。

そうすれば混乱は生じない。 (さらに…)

n猫a0005_000447

【人間関係】好きの反対は、やはり嫌いであってる。ちなみに無関心の反対は当たり前になる(詳細付)

まとめ:

「好きの反対は嫌いで、十分に嫌い落ち着いたときには無関心になる。」

向きを反対にしてもこの文はまだ正しい。

「嫌いの反対は好きで、十分に好いて落ち着くと当たり前になる。」

好き・嫌いというのは自分の内側、外側に向いた力を受けている状態であり、その位置は無関係である。当たり前・無関心は共に力を受けなくなっている状態を指しているが、範囲の内側・外側に位置しているという違いがある。

(さらに…)

n眠い猫a0960_004665

【学習】先生方にも好評だった、授業中に眠らない方法→授業は聞いてる。でも全然別のことも考えまくる

■方法:

授業聞きながら、時間が空いたら別のこと考えるだけ。

(ただし、興味のあることを熱心に。)

時々書きながら考えたり、アイデア出しをしたりする。

ホントそれだけ。

 

次やりたいことが頭に入っていればできること。

脳みそだけでもできるけれども、

紙と鉛筆があれば書きながら考えられるし、アイデア忘れないしベター。

 

■熱心に聴いているように見える私

私が学生だった頃、

先生:「いや~、ありがたいよ。熱心に聞いてくれてリアクションまでくれて」

私の授業中の態度はおおむね好評でした。

 

確かに、先生が話している限りは敬意をもって聞いてますよ。

でも実は、ノートに書いてあることの6割は全然関係のないことなんです…

授業中は隙あらば、ときに話を聞きながら同時並行で、

家の本棚の効率的配置について考えまくっていただけなんです…

 

先生、熱心に聞いているように見えるかもしれませんが、

その熱意の大部分は、内職部分から発生してます。ごめんなさい。

 

(さらに…)

1 2 3 6